夜の旅と昇天(2/6):マスジド・アル=アクサー

当時は、預言者ムハンマドにとって困難な時でした。そしてこの旅は彼にとっての大いなる恩寵でした。当時、教えの伝播は新たな段階に差し掛かり、ムスリム国家の設立が始まろうかという頃でした。預言者ムハンマドは目も眩むような気持ちと、孤独感で一杯でした。マッカの民の圧倒的多数は、彼の教えや呼びかけを気に留めず、認めようともしませんでした。彼の敬愛した叔父も、最愛の妻もこの世を去りましたが、夜の旅と昇天という神によるプレゼントは彼にサポートを与え、宇宙の驚異や神の御徴に目を開かせたのです。アル=ブラークに乗って遥か遠方からエルサレムに到達した預言者ムハンマドは、マスジド・アル=アクサーとして知られる地域に入りました。彼はアル=ブラークから降り、それを門に繋ぎ止めました。

もう一つの奇跡

預言者ムハンマドが「平伏しの場」、つまりマスジドに足を踏み入れると、そこでは過去の諸預言者たちに迎えられ、彼は彼らの礼拝を先導するという偉大な栄誉に預かりました。神は預言者に報奨を与え、また過去の預言者も彼同様にその教えの伝播に際して受難していたことを理解させました。預言者たちは預言者ムハンマドの後ろに立ち、彼が彼らの統率者であることを認知しました。このことは彼の重要性と卓越性だけでなく、その教えの性質についても明らかしています。

預言者ムハンマドの出現以前、すべての預言者たちは彼ら自身の民に対してのみ、唯一なる神への服従を説いていました。しかしながら、預言者ムハンマドは全人類に対して遣わされたのであり、神は彼を「慈悲」として言及しています。神はクルアーンにおいてこう述べます。

“かれはあなたがたのため、善いことの聞き手である、かれはアッラーを信仰し、信者たちを信頼する。またあなたがたの中の信仰する者のためには(アッラーからの)慈悲である。”(クルアーン9:61)

この教えは普遍的であり、これを世界中に広めたのはイスラームだったのです。神の預言者たちは最も新しい、そして最後の預言者の後に立ち、彼が最も必要としているときに手助けをしたのです。預言者ムハンマドの言葉には、すべての預言者たちは兄弟の間柄である、というものがあります1。預言者ムハンマドの後ろに立った集まりは、不朽かつ真の同胞性を示すものでした。

アル=アクサーの重要性

この重要な出来事が、エルサレムで起きた事実についても特筆に値するでしょう。そこは神の預言者たちの土地、つまりアブラハム、イサク、モーゼ、イエスの活躍した土地でした。神はマッカにおけるかれの聖殿とマスジド・アル=アクサーとの間の繋がりを打ち立てたのです。また神は、いわゆる「宗教の揺りかご」であるエルサレムの聖地と、全人類のためにもたらされたイスラームの誕生の地であるアラビア半島とを繋ぎあわせました。

神はアル=アクサーを、イスラームにおける三大聖地のつとして確立させました。マッカの聖マスジド、当時はまだなかったマディーナにおける預言者ムハンマドのマスジド、そしてこの、エルサレムの祝福された土地におけるマスジドです。これら三つのマスジドへのみ、ムスリムは崇拝を意図した旅をすることが認められています2。マスジド・アル=アクサーにおける一度の礼拝は、他の場所でのそれの250回分に相当します(預言者マスジドでは1000回分、マッカの聖マスジドは10万回分)3。神はマスジド・アル=アクサーの重要性と特別性を強調していることから、ムスリムの人生において重要な位置を占めています。それゆえ、そこは熱心に保護され、守られているのです。

アル=アクサーはイスラームにおける最初のキブラ(ムスリムが礼拝時に向く方向)でしたが、後にマッカの聖マスジドへと変更されました。この変更の正確な日時についてははっきりと分かっていませんが、いくつかの証拠に基づくおおよその時期を推測することは可能です。なぜなら預言者ムハンマドの使命には二つの期間に分けることが出来るからです。それらは人々をイスラームへと招いたマッカ期、そしてムスリム国家を設立したマディーナ期です。預言者ムハンマドと彼の追従者の大半は、啓示後14年目にマディーナへと移住したのです。

夜の旅と昇天はマッカ期の後期に起き、マッカへのキブラ変更は預言者のマディーナへの移住から15ヶ月目になされました。このことから、神がマッカへとキブラを変更するまで、ムスリムたちはおよそ3年間に渡って礼拝時にアル=アクサーの方角を向いていたと推論されます。このことはエルサレム、またはマスジド・アル=アクサーの重要性を貶めるようなことではなく、ただ単に全人類への教えの確立における新たなる段階を象徴しているだけに過ぎないのです。マッカの聖マスジドは、イスラームにおける中心点として固定されています。

奇跡の旅

マスジド・アル=アクサーの聖域にいる間、天使ガブリエルは預言者ムハンマドに二つの器を差し出しました。その一方にはミルク、もう一方にはワインが入っていました。預言者はミルクを選び、それを飲みました。天使ガブリエルはこう言いました。「あなたをフィトラへとお導きになった神に感謝します。もしあなたがワインを選んだなら、あなたの追従者たちは逸脱したことでしょう。」4アラビア語の「フィトラ」を邦訳することは難しいですが、それは人が元来生まれ持った生粋で自然な状態、そして人を正しき行いへと導く内なる感覚を意味します。預言者ムハンマドは本能的に間違ったことや悪いことではなく、正しいことや善いこと、そして地獄への歪んだ道ではなく、真っ直ぐな道を選んだのです。

聖都エルサレムの聖域、マスジド・アル=アクサー5において、預言者ムハンマドは奇跡のさらに次なる段階に進みます。彼は岩から天の一番低い階層に昇天したのです。この岩はエルサレムにおける最も有名な象徴である「岩のドーム」の内部に存在しています。因みによく混同されますが、実際のマスジド・アル=アクサーの建物はアル=アクサー地域の反対側の建物です。そこ全域はマスジドではありますが、他にも建物が複数存在しています。岩のドームはそのマスジドの建物の中に位置していますが、それはマスジド・アル=アクサーではなく、預言者ムハンマドが他の預言者たちを礼拝で先導した場所でもありません。現在、良く知られた金のドームの建物に覆われた岩から預言者ムハンマドは天使ガブリエルを伴い、天の最下層へと昇天したのです。



Footnotes:

1 サヒーフ・ブハーリー。

2 サヒーフ・ブハーリー、サヒーフ・ムスリム。

3 ムスタドラク・アル=ハーキム。

4 サヒーフ・ブハーリー。

5 その区域はソロモンが建てた神殿に因み、西側諸国において「神殿の丘」としても知られます。

 

夜の旅と昇天(3/6):昇天